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田舎暮らしと本と映画。

邦画と本のレビュー。旅と神社と美しいものが好き。

窪美澄 「さよなら、ニルヴァーナ」

ブックレビュー「さよなら、ニルヴァーナ」窪美澄

 

1997年に神戸で起きた、

当時14歳の男子中学生が2名の小学生を殺害し、

3名に重軽傷を負わせた、

通称「酒鬼薔薇事件」をモチーフにした小説。

 

この本を読みながら、

「私は何のために『読書』をするのだろう」

と、今まで考えたこともなかったことを考えていた。

 

家族も読書好きで、家の中には本がたくさんあった。

漢字も読めないうちから絵本よりも文字だけの本を取り、活字を追っていた。

 

 だから「なんのために」「なぜ」本を読むのかなんて考えたことがなかった。

 

考えてみて真っ先に出てきたのは、

「知らない世界を知ってワクワクすること」だ。

要するに、

喜怒哀楽で言えば「喜」と「楽」を求める度合いが大きいということだ。

 

「読書」とは余暇の時間を使って

「知識を深め、楽しい、もしくは幸せな感情を味わいたい」

 

私の「読書」に対する価値観はそのような感じなのだろう。

 だからこの本を読んでいて苦しかった。

 

まず冒頭から始まる、醜い男と醜い女の汚い性行為場面。

もういい年の大人なので、

汚い性があることも、愛がない性があることも知ってる。

だけどそれをわざわざ貴重な余暇の時間に味わいたくない。

 

作者の本を読んだのは初めてで、

後でプロフィールを見たら「R-18文学賞大賞受賞」と書かれていた。

ならば性の場面は十八番として入れたいのかなあ。

 

生臭くて胃の奥から酸っぱいものがあがってくるような性描写、

どうしても受け付けられなくて、そんな場面が登場する度、薄目で飛ばした。

 

冒頭の醜い女は今日子という名で、小説家志望であるらしかった。

しかしその夢に見切りをつけ、実家に帰る。

 

待っていたのは実母と、妹夫婦とその娘。

だらしない妹とそのDV夫。そんな両親に育てられ癇癪持ちの娘。

 

そんな一家に家政婦のようにこき使われ、女は毎日を死んだように生きていた。

 

物語の中では、かつて神戸で少年が小学生を惨殺するという事件が起きている。

 

その少年「ハルノブ」は、逮捕後は一部の大衆から神格化されており、

彼の起こした殺人に関連する場所は、

「聖地」としてファンによるHPに掲載されていた。

 

ハルノブに小学生の娘を惨殺された女性・ナツ。

ナツも、夫も、息子もあの日以来苦しみながら生きている。

最初はナツと息子を支えてくれた夫のはりつめていた糸も後に切れてしまった。

 

「ハルノブ様」を崇め、恋をしている少女・莢。

「聖地巡礼」の最中にナツと出会う。

 

大人になったハルノブが実家近郊に住んでいると知り、調査を始める今日子。

 

それぞれの物語がそれぞれの目線で進み、最終的には絡み合う。

 

結論から言えば、

「小説」「ノンフィクション」と割り切るなら、おもしろかった。

読み応えがあった。

 

でも、そんな風に割り切って読むことはとてもできなかった。

間違いなくあの事件がモチーフなのだ。

 

犯人の少年は、作中反省の色もなく自分語りをする。

そこらのアイドルよりもいい顔、な美少年の設定だ。

 

そんな彼を崇める少女。

 

反面、どんどん心が壊れていく被害者家族。

そんな彼らを夢中で追い掛け回す女。

 

無関係の私でも、

「被害者家族とその関係者がこの本を読んだらどんな気持ちになるのか」

と、心が苦しくなる。

 

この事件を風化させないためなのか。

少年犯罪とか、性犯罪とか、

被害者遺族がどのように守られるべきなのか、とか、

 

そんなことを一般人にも考えさせるために、

敢えてこのような描き方をしたのだろうか。

 

せめてそう思いたい。